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【2024/11/28 14:53 】 |
鳥谷敬
鳥谷 敬(とりたに たかし、1981年6月26日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手(内野手)。
遊撃手で史上唯一のシーズン100打点をクリアした人物である。
目次 [非表示]
1 経歴
1.1 プロ入り前
1.2 プロ入り後
2 プレースタイル
3 詳細情報
3.1 年度別打撃成績
3.2 年度別守備成績
3.3 背番号
3.4 タイトル・表彰
3.5 個人記録
3.6 登場曲
4 CM出演
5 脚注
6 関連項目
7 外部リンク
経歴 [編集]

プロ入り前 [編集]
東京都東村山市出身。3兄弟の長男で、弟の司は東京農業大学を経てヤマハに所属している。
白梅女子短期大学付属幼稚園、東村山市立八坂小学校から羽村市立小作台小学校に転校。小学生時は東村山ジュニアメッツ、小作台少年野球クラブに所属し、野球の他に柔道もやっていた。元々は左利きで右利きに矯正されたため小学校の途中まで右打ちだったが、左手に箸を持ち弁当を食べていたのを見た監督から「左で打ったほうがいい」と言われたのがきっかけで左打ちに転向した。羽村第一中学校時代は瑞穂シニアに所属。
聖望学園高校では3年夏に遊撃手兼投手として第81回全国高等学校野球選手権大会に出場。初戦の日田林工高校戦ではリリーフとして登板し、最速143 km/hを計測したが敗退。
高校卒業後は早稲田大学人間科学部に進学し、遊撃手に専念。後藤武敏と並んで東京六大学野球連盟史上最速タイとなる2年春での三冠王を達成し、4年春にはリーグ記録(当時)となる19四死球を記録。4年秋には2度目の首位打者を獲得し、ベストナインにも通算5度選出された。主に3番を打ち、同期の青木宣親・比嘉寿光・由田慎太郎らと共に中心選手としてリーグ戦4連覇に貢献。大学通算96試合出場、345打数115安打、打率.333、11本塁打、71打点。卒業論文テーマは『打撃動作における下肢の筋電図解析』[1]。走攻守揃った大型遊撃手として巨人、西武、横浜との争奪戦の末、2003年のドラフト自由獲得枠で阪神タイガースに入団。
プロ入り後 [編集]
2004年は大物ルーキーとしてキャンプ・オープン戦から注目され、藤本敦士とのポジション争いも話題となった。7番遊撃手で開幕スタメンに選ばれプロ初安打を放ったが、その後は結果を出せず、開幕5試合でスタメンを外され、6試合目からは藤本が正遊撃手となり、主に代打や三塁手として出場機会が限られたシーズン前半は77打数13安打、打率.169とプロの壁に苦しんだ。藤本がアテネオリンピック野球日本代表としてチームを離れた8月と藤本が不振に陥った9月中旬からシーズン終了までは再び遊撃手として先発出場する機会を得て、シーズン後半は158打数46安打、打率.291と持ち直し、プロ1年目の最終成績は打率.251、3本塁打、17打点であった。
2005年は藤本が二塁手にコンバートされ、開幕から遊撃手として全試合出場。2番を打っていた藤本と関本健太郎の打撃不振によりセ・パ交流戦以降は2番打者に定着。打率.278、9本塁打、52打点の成績を残し、サヨナラ本塁打を2本放つなどチームの優勝に貢献。自身初のオールスター出場、日本シリーズ出場も果たした。4月27日の対中日ドラゴンズ戦ではチームメイトの橋本健太郎がプロ初勝利を挙げたが、ウイニングボールをスタンドに投げ込んでしまった。同年オフ、高校の1年先輩で野球部マネージャーだった女性と結婚していたことが報道された。
2006年はシーズン前半は主に7番遊撃手、シーズン後半は6番遊撃手として全試合フルイニング出場。6月1日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦で愛敬尚史から逆転2ラン本塁打、6月2日の対福岡ソフトバンクホークス戦では斉藤和巳からソロ本塁打とタイムリー二塁打、6月3日の対ソフトバンク戦では藤岡好明からサヨナラ安打を放ち、3日連続でお立ち台に立った。ファン投票選出で2年連続のオールスター出場。9月前半まで打率3割台を維持するも、シーズン最終盤に成績を落とし、最終成績は打率.289、15本塁打、58打点だった。9月に長男が誕生。
2007年は赤星憲広に代わり主に1番打者として出場したが好不調の差が激しく、打率.273、10本塁打、43打点と打撃成績が前年よりも落ち込んだ。7月24日の対中日戦で遊撃手として340試合連続フルイニング出場のプロ野球記録を樹立し、9月28日の398試合まで記録を伸ばしたが、その数日前に受けた死球の影響で翌29日に途中交代した。同年9月の東京遠征中に連日3人の女性を宿舎の自室に入れていたことが写真週刊誌の『FLASH』誌に『鳥谷敬・夜の3冠王』の見出しで掲載され、本人も事実関係を認めて球団から厳重注意処分を受けた。同年オフにレーシック手術を受け視力が回復した[2]。
2008年は開幕から6番遊撃手として出場。シーズン前半は3割を超える打率で、勝負強さも見せた。夏場に新井貴浩が離脱した際には3番や5番に入ったが調子を落とした。9月に今岡誠が復帰した後は再び6番に戻り、打率.281、13本塁打、自己最多の80打点を記録。10月19日のクライマックスシリーズ対中日戦では1試合2本塁打を放った。守備では1992年の野村謙二郎以来、リーグ16年ぶりのRF5点台という驚異的なレンジファクター(5.13)を叩き出すなど、リーグ最高の守備指標を記録したが、ゴールデングラブ賞はならず、議論を呼んだ[3]。同年は自身2度目の全試合フルイニング出場も達成してベストナインを初受賞。9月13日に次男が誕生。
2009年は開幕から3番遊撃手として出場。4月終了時点で90打数30安打14打点と好調だったが、5月に不調に陥り、打順も7番に降格し、チャンスで代打を送られるなど苦しんだ。シーズン後半は完全復調して打順も3番に戻り、打率.288、自身初の20本塁打、75打点を記録。安打、得点、打率、長打率、OPSはチーム1位。守備でも遊撃手としてリーグトップの守備率.990を記録した。これは1986年の平田勝男(.988)を上回る球団記録でもある。11月26日、引退した赤星憲広の後継としてチーム選手会長に就任した。
2010年は開幕から3番遊撃手として出場。5月にマット・マートンと交錯し腰椎を骨折した後、成績を落とし、4試合スタメン離脱。6月から7月まで1番打者を努め、3番に戻った8月から一気に調子を上げ、赤星憲広の持っていた球団月間安打記録を更新する43安打を放つなど、月間打率.422を記録し、月間MVPを初受賞した。10月2日の対広島戦で、遊撃手として史上初となるシーズン100打点を記録[4]。 10月5日の対ヤクルト戦でプロ通算1000本安打を達成。最終的には自身初の打率3割(.301)、19本塁打、104打点(遊撃手日本記録)と自己最高の成績を残した。リーグトップの得点圏打率.360を記録するなど勝負強さも光った。6月4日、選手会長として総務省近畿総合通信局から「地デジカ応援隊」タイガース隊隊長に任命された。7月2日に長女が誕生。
プレースタイル [編集]

打撃は二塁打や三塁打の多い中距離打者で、チャンスに強いクラッチヒッターである。選球眼に優れていて四球が多く、打率に対して出塁率が高い。
元々右利きのため、流した逆方向の打球が伸びる特徴を持ち、2010年に放った19本塁打のうち、左方向が7本、中方向が3本と左中間で半分以上を占めている。一方、右方向への引っ張った本塁打は9本であり、左打者として珍しい傾向が窺える[5]。
盗塁数は少なく成功率も高くないが、ベースランニングは上手く、2007年、2008年、2010年にはリーグ3位の三塁打を記録するなど走力・走塁技術は持っている。
守備は派手なプレーは少ないものの、堅実、強肩でレンジファクターは高く[6][7]、2006年には490補殺でセ・リーグのシーズン記録、2008年にはリーグ16年ぶりのRF5点台を記録するなど守備範囲は広い。2009年から就任した久慈照嘉守備コーチの指導の下、安定性を増し、守備率も向上させた。2009年には土のグラウンドの遊撃手しては史上初となる守備率.990を記録した。
怪我に強く、2005年から全試合連続出場中で、遊撃手としての連続フルイニング出場記録(398試合)を保持している。
トレイ・ヒルマン元北海道日本ハムファイターズ監督が日本球界のベストショートに選ぶなど[8]、セイバーメトリクスを重視する評論家などからの評価が高い。
グラブは久保田運動具店、バットなどはナイキのものを使用している。大学時代はハイゴールドの道具を使用していたが、プロ入り時に清原和博や中村紀洋など、一流選手のみしか契約していなかったナイキと新人ながら契約を結んだ。
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【2010/11/08 20:28 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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